2011年6月9日木曜日

ふと。

アタマとココロの引き出しをあけてみる機会があって、
そこには脱臭剤しか転がってないくらい、がらんどうだったことに気がついた。
いつの間に、こんなに空っぽになってしまっていたんだろう。


出てくるネタも、古いものばかり。
20代の半ばくらいまで、すなわち学生だったときまでで、
何かが止まってる。



なんもない


久しぶりに冷蔵庫をあけてみたら、
最低限の調味料以外何も入ってなかった、
というような状況か。
なんかつくりたいのに、
これじゃなんもできん。


素材がない。
人参だの大根だの、肉だの卵だの、蓮根だの白菜だの。


レシピは無限にあるのに。
実際の、モノがなければ始まらない。


そんな当たり前のことに、
しぶしぶアタマを下げるしかなかった、
35の夜。

バイクを盗む無鉄砲さは、昇華して創造に向けられることを知っている。

2011年6月2日木曜日

誕生日前夜。

34周目が、あと少しで終わり。
35周目にかかる。


中学生のときに憧れていた先生が、確か34歳。
ブラックオアホワイトの頃のマイケルが34歳。
34歳は、憧れの対象だったことが多い。
とっても素敵な、成熟した大人に見えた。
気がした。


そうでもなかった(笑)

2011年6月1日水曜日

深夜の迷子

愉快に酒を飲んで、
美味しい中華をいただいて、
あらゆることがめんどくさくなって、
もうぜんぶ忘れてしまおう、
とぼんやりしている帰り道。


私、つかれました。
自分の現場を離れ、放浪の毎日を送っております。
毎日が、新しいことの連続。
いい加減、自分が見えなくなりました。
しかし、あるいは、
そんなふうになりたくて、こんな毎日を望んだのかも。
…わかりません。


いまはただ、
疲れと酔いで、眠たくて、眠たくて、
でも明日を迎える準備をするために、
今日を終えるのがもったいなくて、
すごく眠いのに、踏ん張って終電で立っている。
でも、眠いんだって。


どんなに明るい色の服を身につけても、
自分がどんどん齢を重ねているのが、
窓ガラスにうつる影でわかる。
だいぶ年をとった。


なんの後悔もしていないけど、
一つとして不安が解消されていないのは確か。
あとは、良いことがあったり、なかったり、
たいして良くもない日々が続いたり。


舞台に戻りたい。
でも、どうやったら戻れるのか、わからない。
まだキッカケがつかめないままでいる。
…きっと、タイミングではないんだろう。


そんなことをもやもやさせながら、地下鉄の何もない風景を眺める。
こんなんなら、窓なんかいらんだろうに。


早く、帰りたい。
帰りたいどこかに、帰りたい。
でもそれがいったいどこか、忘れてしまった。
忘れっぽくなった。
ただ、忘れてはならないことまで忘れてしまうのには困る。


どこに行くとよいのだろう。
私は。

6月4日(土)・11日(土)チャリティーライブのお知らせ

急なお知らせで恐縮です、、が、
今週末と来週末の土曜夜に、またまた代々木上原ワインバーのチャリティーライブに、
バイオリンとあわせた文学作品の朗読で参加します。
一杯ひっかけついでにチラリと覗くだけでも構いませんので、
ご都合よろしければ是非遊びにいらしてください♪ラザニアやパスタも美味しいですよ~♪
http://nick-produce.net/

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東日本大震災で日常生活を奪われた方々のために、チャリティーコンサートを開催します。
第3・4回目となる今回のコンサートは、小さな活動でも長くつづければ大きな力になるという出演者の想いが、
家族・友達・同僚さまざまな仲間の共感と温かいご協力に支えられて、実現に至ったものです。
みなさまのご来場を心よりお待ちしています。

★東日本大震災チャリティーコンサートVol.3
2011年6月4日(土)・19:00 - 20:30 (18:00開場)

【プログラム】
「夢十夜」(夏目漱石)/朗読:村野玲子 ヴァイオリン:山本章子

「歌うたいのバラード」(斉藤和義)他オリジナル曲/ギター・ボーカル:山本博之 ヴァイオリン:山本章子
“Every Breath You Take” “Lovin’ You” “Don’t Know Why”/ボーカル:倉田由美 ギター:山本博之 ヴァイオリン:山本章子


★東日本大震災チャリティーコンサートVol.4
2011年6月11日(土)・19:00 - 20:30 (18:00開場)

[プログラム]
ヴァイオリン:山本緑・山本章子 ピアノ伴奏:山岡喜世子
「プレリュードとアレグロ」(クライスラー)
「愛の悲しみ」(クライスラー)
「ユーモレスク」(ドボルザーク)
「ノクターン第20番嬰ハ短調」(ショパン)
「チャールダーシュ」(モンティ)
「タイスの瞑想曲」(マスネ)
「二つのヴァイオリンのための協奏曲より第1楽章」(バッハ)
「カノン」(パッヘルベル)

朗読:村野玲子 ヴァイオリン:山本章子
「駆け込み訴え」(太宰治)


【入場料および義援金について】
入場無料ですが、義援金へのご協力をお願いします。

また、会場となるお店は通常営業ですので、ご注文をお願いします。

今回集まった義援金は、第3回目は福島県、第4回目は宮城県の義援金口座に振り込む予定です。

お客様には、集計金額および振込完了について、後日ご報告させていただきます。

【会場】     Le Depart(ル・デパール)
東京都渋谷区上原1-36-15
TEL: 03-3468-6228

代々木上原東口正面、文教堂書店右隣

2011年5月31日火曜日

預言いただく

聖書について調べものをしていたら。


* * *


イザヤ 54章

「歌え、不毛な女よ。
一度も子供を産んだ事がないお前よ。
歌わずにいられないほど喜びに叫べ。
一度も出産の痛みを味わった事の無いお前よ。
なぜなら、人々から見捨てられたお前の方が、夫がいて子供をもつ女よりももっと子供達を持つだろうから。

お前の場所を広げるがいい。
お前の持つすべてを大きく広げろ。
後にはもう引くな。
あらゆるところに関わり、あらゆる絆を結ぶといい。
お前はあらゆるところへとその羽を広げるだろう。
お前を信じる人々とその子孫は、きっと国々の大勢を占めるだろう。
そして、かつては自分達を見捨てた土地で安住を得るだろう。


* * *

この後は、神表記が出てきちゃうから、非キリスト者のおいらはちょっと気持ちがもやつくんですが。
ここまでは、えっ何、毒女への応援歌!?とたじろぎました。です。

当時は戦争で夫を亡くして寡婦になることが多かったでしょうから、
そういう女性への言葉だったんでしょうね。

2011年5月27日金曜日

流れゆく方

忙しい。
忙しい。
忙しい。

というか、
ゆっくり立ち止まって一息つく時間がない。空間がない。
つくりゃーいいじゃないかとも思うのだけど、ぼんやりしようとすると「あれやんなきゃ」「これやんなきゃ」が沸いてくる。
ちょっといい加減、ぐったり。

根っこはのんびりゆっくり確実に、なので、スピードを要求されるととたんに余裕を失います。
まあいいけどね。やるけどね。
とっても感じの悪い自分が出てきて、せっかくかぶった社会性の仮面がすぐに破れ、守ろうとしていた立ち位置を変えてしまう。
寂しいなあ。
けど、仕方が無い。そういう性分なんだし、そうあって結果オーライなんだから、きっと。


本当は、考えなくちゃいけないことや、やらなくちゃいけないこと、
本当の意味で向き合うべきことが、
確実にあるのに、それがあることもわかっているのに、
目の前の瑣末な現実に追われるふりをして、目をそむけている自分がいる。
のを、知ってる。
知らないよりはいい。
でも、知ってるので、知っちゃってるので。
現実逃避の旅が終わるのも、時間の問題なのかも知れないなと、
今はぼんやり思うのみ。


来し方をぼんやり眺めながら、流れゆく方を見やる。
執着をなくした私は、いったいどこまで浮いていくのか。
よく、わからないけど、なるようになるしかないと、今は思う。



きっとどこかに港があるはず。

2011年5月17日火曜日

【EXHIBITION】『シュルレアリスム展』@国立新美術館

先週の、とある午後。いつだったか忘れた。あ、確か月曜。
予定していた仕事がキャンセルになったので、突如時間ががっつり。
どうしよう。
どうしよう。


日々もやもやを抱えていた私は、自分の理解や認識なんて全く相手にされないような、
そんな世界に行っちゃいたくなって、
部屋のコルクボードに貼っておいた割引券を引っつかんで、乃木坂まで一目散。
私の世界なんて、どっか行っちゃえばいい。


そんなわけで、やってきました国立新美術館。
ちなみに出掛け前に、ゴッホ展のときと同じ轍を踏まぬよう、
念のため事前に「混んでますかー」と問い合わせはしてみたものの、
「初日から一切、そういった案内はございませんよー」という返事が。
チケット売り場にも、人の姿はちらほらしかおらず。
あんなに大々的に宣伝してるのに…さすがシュルレアリスム、と一人うんうんとガテンガテン。
全く一般的ではない。


そして入ります展示室。作品保護のため、うすぐらーく、かつ、さっ…寒い!
時間が経つにつれ、冷え切っていく体温。
そして理解を拒む作品群。
うーん。…居方がわからん。


と、始めのうちは、へ~ほ~とおとなしく生真面目な「鑑賞者」に徹していたのですが、
歩みを進めるうちに、こうじゃねえなと。こうじゃねえよ、作品との距離感が。ありがたがってどうする。
これは作家の糞小便だ。そんなもの拝受拝受とやってたら、売られてる筈の喧嘩にしたって形無しじゃ。
という気が、ふとしてまいりました。


そんなわけで。
方向転換。


「あたしだったらどういうタイトルをつけるかな」


と。


試みに一つ、何ともいえないのっぺりとした水色のキャンパスに、不思議なものがちょろちょろと描かれている作品に、
なんとなくタイトルをつけてみました。
タイトルをつける、ということは、その作品と向き合い、注視し、自分の世界を目の前の対象と対峙させることになるようで。
私なりのタイトルを見出し、その後に作家のつけたタイトルを見て、もう一度作品を見る。と。
あら不思議。
この作品は、この作品でしかありえない、絶妙なまでの完璧な調和をもってそこにあるように見えてくる。
落書きなんかじゃなくて。
それは、事実として、ある具体的な何かをモチーフとした、作品、なのです。


この発見に調子に乗った私は、片っ端からタイトルをつけては、おお、そうきたか、と作家の変化球を楽しんだり、
唸ったり、
共感したりと、
とても豊かで愉快な関係性を楽しむことができました。
近くで、どこかのおじいさん二人が、「なんもなあ、わかんねえよ。」「なあ、ほれこれ見ろ。鳥だ、鳥。」「はぁあ、わかんねえなぁ」と、何でこんなところに来ちゃったんだろうという困惑感丸出しで、歩き回っておりました。
対話を邪魔されたくない私はダッシュで逃げましたが、私も、自分の遊び方を見いだせなかったら、同じことになっていたかと思います。






そんなタイトルごっこを続けてるうち、どうにも言葉にならない作品に出会いました。
たいがいのものは、作品の中に描かれているものが、勝手にアピールしてきてくれて、
さらっと言葉にできるのに、
こればっかりはどうにもならない。
うんうん唸って、頭をひねり、これまで働かせなくともよかった認識・理解・思考の回路を無理やり動かして、
それっぽいタイトルをつけましたが、
やはり納得いきません。
どうしたものか、まさか無題ではあるまいか…と恐る恐るタイトルを見ると、



「沈黙」



ジョアン・ミロの、有名な作品らしいです。
私はとんと不勉強で、知らなかったけど。




帰りは、新宿で少し?飲んで帰りました。
なんだかいろいろな日、でした。


nick