何事もなかったように改札を出て
帰路につく
おまえには勇気が必要だ
あとはそれだけだ
同じことを
13年前に言われた
そのときは
演じる側だった
私の本質は
未だ変わってないということ
情けない
情けない
私は何も変わっていない
何をやってきたんだろう自分
便器を握る手が強まる
いつまでもチキンでよいのか
いやそんなはずはない
おまえには勇気が必要だ
あとはそれだけだ
同じことを
13年前に言われた
そのときは
演じる側だった
私の本質は
未だ変わってないということ
情けない
情けない
私は何も変わっていない
何をやってきたんだろう自分
便器を握る手が強まる
いつまでもチキンでよいのか
いやそんなはずはない
なーんか楽しかった。
これまでの作品でも繰り返されてきた、ボーイミーツガールの図式。生活感溢れるボーイのもとに、ガールが空から降ってくる。
この点は、シータとパズーに似てる。
でも今回は、齢五歳の子供たちが、その役回り担当。
微笑ましい。
海に沈んだ街の描写が素晴らしい。
ああいう見てきたような嘘、オイラは好きだなあ。
何というかこう、
正にゆーとぴあ、
でした。
友人の彼氏?が、ゴールデン街で店を営んでおり。
その彼氏が、自らの誕生日を記念して、店で竹内銃一郎の、『あの大鴉、さえも』、までを店でやるという。
彼氏って言っても、確か50代なんだけど。
私の友人は、私より数年上。…違ってたらごめん(笑)
美しい方です。今日はアジサイ模様の浴衣をお召しでした。
誘われるままに、寝不足の心身とともに、店に訪れる。
酒を飲む。…やっぱり眠い。
芝居は、私なりにシビアなことを言い出せば切りはないが(というか単なる稽古不足)、いつになく楽しそうな知人の表情を見て、それでよかったんだなあと思った。
何よりも戯曲が面白い。
演劇学校でやるようなスタンダードさを持ち合わせながらも、毒がきちんとある。良い戯曲だと思った。
ワークショップでもいいから、いつかやってみたい。
そして飲み。
ただでさえ眠い上に、よその打ち上げは苦手なのですぐに帰ろうとはしてみたが、酒の山に負けてそのまま残留。
次々と注がれる酒。
ああ、幸せだなあ。
そして、そこで出会った、年老いた演出家。
おそらく、齢70。一概に演出家と言えども、ピンキリであり。
齢の割には、ここ数年の話を聞くと、大きな小屋でやっていない。
むしろ小劇場。
でも、新劇の空間にはいたらしく、出てくる名前はビッグネームばかり。
売れなかったんだね、と隣にいた友人に耳打ちした私。
自分の可能性を算段に入れながらも、ジャッジをせざるを得なかった。
理由はわからない。
さんざん話している中で、リアリティの話が出た。
私は、12年前に観た、tptのルヴォー演出の『三人姉妹』における異常なリアリティが素晴らしかったと話したところ、
リアリティなんて言ってること自体が古いよ君は、と爺さんから来た。
お笑いだのなんだの、リアリティとはかけ離れたものばかりがウケているだろう、と爺。
リアリティがないお笑いはウケないでしょう、と私。
そもそもリアリティが大切だと言い出されたのはいつからか知っているのかと爺。
生意気な女だなんだと罵られているうちに、ああ、概念がずれている、と悟った瞬間に、
「それだけバイタリティがあれば君は売れるよ」と吐き捨てるように言った爺。
それ以降、一切口を開かなくなった。
やがて、帰る、と言い出して、その場から消えた。
概念はあくまでツールだ。
その定義は、時代や環境によって変わる。
今は多様性の時代。
たぶんしばらく続く。
そこを読み違えて、いつまでも裸の大将でいても、
有意義な出会いは訪れない。
そう思うんだけど、爺、違うかな。
つい、偉そうなオッサンがいると喧嘩をふっかけてしまう。
悪い癖だよ。
私も多様性を学ばなければ。
にくおろし
誰が書いたかわからないけど、内容が前向きな割には、妙な印象を受ける。
そもそも、いろんな場に移動し、無数の他人が手にするであろう札に書かれていることに、イタズラを越えた自己顕示欲を感じ、闇を覚える。
思い詰めることでもあったのだろうか。
おそらく女性によるものであろう。
文体と文字がそう思わせる。
他人が目にすることを前提にして、読みやすく、綺麗に書かれている。
前向きな言葉たちに、前向きな印象を抱けないのは、
きっと発信の方法によるのだろう。
見た瞬間、もともとなかった労働へのモチベーションが、さらにぐっと低下した。
私に未来は訪れるのだろうか。
にくまん