2012年4月28日土曜日

ギブスなう。

骨折して。
入院して。
手術します。


木曜の深夜、雨の中、自転車でこけて。
どうにか帰宅したものの、動けないまま玄関で寝落ち。
翌朝とうとう痛みに耐えかねて、セルフ救急車。
皆さん親切でした。


いまは痛み止めきいてて、
パラリンピック選手並みのスピードで車椅子飛ばしてナースに叱られたり、
松葉杖で徘徊したりしてます。
筋肉を落としてはならない。
しかし、そしてありあまる時間。


来週火曜に手術するのだけど、
全身麻酔ときいて内心びびってます。
したことないから、手術とか。
緊急入院も驚いたけど。
そんなつもりなかったから、着の身着のままだし。


まだ自分の置かれている状況を理解しきれていない私。
ここはいつ。私はどこ。


回転寿司に行きたいなあ。

2012年4月25日水曜日

バタフライ公開リハ終了。

今日はイタリア文化会館で、バタフライの公開リハ制作。
まあいろいろ、案の定いろいろありましたが、ハイボールと共に喉元を過ぎたのですべて忘れました。
なんであれ、イタリアはまだ続いてる、と思いました。
(イタリア公演のとにかくカオスな詳細は、5月19日から東劇で公開されるドキュメンタリ映画「プッチーニに挑戦した男」に詳細あります。。映画にまでなっちった。。。)

スケジュールの読めない稽古。不透明な契約内容。飛び交う憶測と噂。
すべて同じ。面子も同じ。
忘れっぽい私でさえ、いろんな記憶がフラッシュバック。ここはどこ。私は誰。全てを忘れさせてくれるワインはどこ。


まあ、わかりやすい例は、制作面で言えば、「開場時間なのにモギリが到着していないので開場時間が押す」「当日パンフとあわせて袋に同梱するリーフレットが袋によって違う」「受付を担当していたイタリア人が全てどこかへ行ってしまう」といったことでしょうか。
楽しいですね。


演劇とオペラ、同じ舞台ですが、やはり習慣が違うことが多くて、戸惑うことが多いです。
そこにさらにイタリアの風が混じりますから、気を抜くとカオス。
かつ、基本気を抜いているので、少なくとも私の周りはベースがカオス。愉快なことが多いです。


しかし、久々にイタリアな空気を少し吸いました。やっぱ楽だなあ。
将来的には移住したい。それで野菜ばっか食べて過ごすんだ。味濃いし。


またしばらく体がイタリアモードになりそうです。
明日は三食パスタだな。


写真は喫煙所から生える階段。


2012年4月24日火曜日

声ふぇち。


最近気づいたのだけど、どうも自分は声フェチらしい。良い声を聴くと、ついふらふらとそっちへいってしまう。
バリトンだろうがテノールだろうがみさかいなし。ああ、ええ声やあと思うと、見た目も中身も関係なく、無条件降伏。
そんな自分をようやっと自覚。


どんな人が好み?という話をすることは、社交辞令的にもよくある。
その度に、いやあ自分でもよくわかんないんだよね…見た目じゃないし…生き様?いやいや…強いて言えば仕事できる人、なのかなあ。
本当に自分でもよくわからなかった。それがやっとわかった。音だ。その人が出す音が自分にとって快であると、どんな人であっても全肯定。話せば話すほど気分よく。好意と快楽を勘違い。
そうかあ、そうだったのかあ、と、どえらく納得。
齢36にして己の嗜好を知る。
雑食で飽き性なわけじゃなかった!!!


なぜそんなことを考えたかというと。
今手伝いで、オペラの制作に入っている。今日はそのリハーサルだったのだが、大好きすぎるテノール二人の声に客席でふるふるしていたときに、はっと自覚したのでした。ああ、自分、声が好きなんやと。見た目なんかどうでもええ、その人の出す音がよければ私はそれでOKなんやと。
とにかく、ええ声が好き。
いや、ええ声、というより、いい音、か。


声は嘘をつけないと、どこかで読んだ。コクトーの「声」、だったかな。
顔やしぐさはいくらでもつくりこんで嘘をつけるけど、声だけはどうにもならない。だから電話だと隠し事もすぐばれる、と。
演出しているときでも、何かおかしいな、と思うときは、見えてるものと聞こえてくるものがちぐはぐすぎることが多い。
台詞と、動きと、現れている表情がバランバラン。
そんなとき、ちょっとたんま、と立ち止まり、違和感に苦しんでいる役者の素直な声を聴くと、その内容がなんであれ、原因がわかることが多い。
大切なのは、音。
音がいろんなことを、勝手に語る。勝手に伝える。
あ、少なくとも、私にとっては、だけど。
目が強い人は、きっと視覚情報でいろいろわかるんだと思う。
私、目が悪いんでなー。


そしてさらにそういえば。
小学校のとき、アニメオタクだった。
だけど単にキャラクターを追うのじゃなくて、作画監督によっての画質の違いや、声優、美術、背景、キャラクターデザイン、どこのスタジオで製作されているか、そういったことがやたら気になった。
というか、キャラクターをいつしか通りこし、そっちのほうを追っかけた。
見えているものがつくられているもので、その裏に蠢く作り手たちの妄想や理想がその実現の源だと、子供ながらに悟っていたのだろうか。
だとすればよくできたガキだ。


見えてるものの裏にあるもの、その息遣いを感じ取る。
表情の裏に隠されたやわらかなもの、それを外につなぐ/つないでしまうのが声。


人の闇をさぐるには、声は必要不可欠な要素なんだと思った。

2012年4月21日土曜日

やっと春。


今日、家で仕事をしていたら、やたらドアチャイムがなった。 集金やら、営業やら、工事の説明人やら。 どう見ても元ヤンキーっぽいあんちゃんが、「読売新聞ですが、いま一万五千円分のサービスをしておりまして」ときた。 いきなり金額を出すあたり、エサっぽくて何だか。

いつの間にか、だいぶ日が長くなった。18時過ぎてもまだ明るい。 寒さに震えていた夜はもうしばらく来ないと気づき、ストーブをしまった。 毛布はまだ出しっぱ。 あれこれ作業しながら洗濯機フル稼働、洗濯カゴの底が見えるまで三回転。 干しまくり、吊りまくりで、ベランダは七夕みたい。 まだ衣替えしきってないので、色取りは地味だけど。

先日の大風で、外にとめておいた自転車のチェーンがぶっ倒れて外れ、 そのままにしておいたら、廃棄自転車と間違われたようで、 どこかに連れ去られていってしまった。 ドナドナド~ナ~ド~ナ~。 深追いしようか悩んだ挙句、 副業先で小遣いが出たので、勢いで折りたたみ自転車を買った。 駐輪場の手配がしちめんどくさいので、こないだまで居候がいた部屋に、 捨てようと置いていた本棚の外枠を並べて敷いて、 簡易駐輪場をつくった。 家の中に外があるようで、なんか不思議な気分。

いろんなものを新しくしている今日この頃。 こないだは、また別件で小遣いを頂いたので、 互換性に悩んでいたマックをそっと寝かせ、新しくwindowsをゲット。 色はシャイニーレッド。 と、気づくと、自分のまわりにやたら赤が多い。携帯も赤。 牛か。

こないだ体重計に乗ったら、さすがにドン引きするほどのウエイトになっていたので、 ささやかながら、まずは揚げ物を断ってみることにした。 メインは和食。酒はひかえる。 自転車やエスカレーターにはあまり乗らず、できるだけ歩く。 歩く、歩く。 歩く速度に慣れてきたら、草の匂いに気づけるようになった。

春だねえ。

2012年4月12日木曜日

うむ。

疲れて口を開く気がしない。
愛想笑いも放棄。
社会性ゼロ。

そんなときもある。

2012年4月10日火曜日

眠眠

やること満載なのに、家から出られずー。

2ヶ月ぶり?の完オフ。

疲れと春で、暁を覚えぬ眠り。

2012年4月8日日曜日

青山円形バラシ

円形での、演出のお手伝いが終わりました。
連チャンはさすがにキツかった。
体力の低下をひしひしと感じます。


明日からウォーキングと禁煙を再開するぞ!

2012年4月4日水曜日

役者の小道具

鉛筆は紐で首から下げる。
ダメ出しや、気づいたことをその場ですぐ書き込めるよう。

ナイフで削る。
削る作業の中で己れの状態を知る。


民芸の女優さん、中地美佐子さんの私物拝見。
紐とナイフは大滝さんに頂いたとのこと。


合理性と精神性のバランスに感銘。

2012年4月2日月曜日

楽屋暖簾

すまけいさんの楽屋。
扉前に暖簾。


終演後は暖簾前に行列。


人生を経ていくと、いろんな習慣ができるんだなと。