2014年12月27日土曜日

9.11の思い出




思い出、なんて甘ったるい表現で申し訳ないのだけど。



9.10、台風に襲われた関東圏。
ずぶ濡れになりながら、成田空港へ向かう。
何度目かの卒業旅行(8年いたのでね)で、グァムに行く予定だった。
しかし、何せ台風直撃なので、飛行機が飛ぶかどうかは不明。
とりあえず空港に集まっとくか、ということで、
学生劇団の後輩たちと、空模様を不安な顔で眺めていた。


フライトの時間が近くなるにつれて、
台風が通過していく。
飛ぶよ、飛ぶみたい。
何だか晴れない気分のまま、飛行機に乗り込む。
現地に着いたのは朝。安いツアーなので、おかしな時間に着く。
とりあえず寝よう、じゃ後程ー、とホテルのロビーで解散した。
その翌朝。


男子部屋の後輩が顔色を変えてすっ飛んできた。
テレビ見ました?すごいことになってますよ。
なんだなんだとNHKを着ける。世界でどこでもNHK。
と、あの映像。貿易センタービルに、飛行機が2台。
呆然と眺めた後、後輩の一人が、
ここアメリカだよね、と。
はい、そうです。
グァムはアメリカです。
空港は封鎖されております。


とにかく考えないようにして、バナナワニ園とかに行って、
予定していた日程は楽しむように勤めた。
でもいつ帰れるかわからない。
なぜか私は、自分の公演の稽古始めを、グァム帰国直後に設定していた。
不安でいっぱいになる。
このまま数か月帰れなかったら…。
いろんなキャンセル代だけでどんくらいかかるんだろう。
いやでもこれって非常時だし…。てかみなさんごめんなさい…。


結局、延泊を余儀なくされ、
コスト削減のため、みんなで一つの大部屋に暮らした。
なるべく外食は控え、スーパーで惣菜を買う。
空港封鎖が解け、飛行機が飛んだ途端、街中で歓声があがった。
安心した後輩の一人は海で溺れた。
ぼくらのグァム最終日は、ICUでの付き添いに終わった。


おかげで9.11は、個人的にも忘れられない体験になった。
何せ、アメリカ領土にいたわけなので。
いろんなことが、いい迷惑だと思った。
でも同時に、ひとつ。
あ、やっぱそうなるよね、と思った。
映像を見て。
テロリスト側のモチベーションに共感している自分が、あの瞬間居た。
何か、バランスをとろうとしている気がしたのだ、世界が。


いや、よくないよ。テロは、どー考えても、方法として、よくない。
でもそんだけ追い詰められてんだよ俺らはってことなわけで。
それはどういうことなんだって、考えてくれよってことなわけで。

誰もいたずらに人命を手段に使ったりしない。
しかしこの場合のwe、youって、実際何だろう。



そしてこの、9.11こそが、point of no returnになっちゃったんだな、と、
いま振り返ると思います。


着陸先、見えてんのかなー。舵取りの人ら。
戦争は外交の手段だってのは、そーゆー駆け引きあっての話だと思うんだけど。

殲滅戦とか、マウントポジションのとりあいとか、マジでキリないよ。
落としどころ探しながら動かないと。
また泥沼化するよ。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

It's too late!

匿名 さんのコメント...

あなたの淡い期待は新年早々パリで潰されました。

匿名 さんのコメント...

泥沼化したね。