図書館は施設の4階。
エレベーターに乗り、ドアが閉まりかけたとき、スーツを着た男性が向かってくるのが見えた。
「開」ボタンを押してドアを開き、乗り込むのを待ち、「閉」ボタンで閉めた。
少しの間の後、男性が呟き出した。
密室ゆえ背筋が冷えたが、仮に発信先が他者だとしたら、それは私。
なので、一応耳を傾けてみると、
「僕は日本語がわからないんだ」と繰り返している。
「僕はわからない、日本語がわからないんだ」
二人で狭い箱の中にいる緊張に耐えられず、
自分が日本語をわからないから関係をつくることはできないよ、というエクスキューズを述べているのだろうか。
ならば裏目ってる。緊張感が増している。
4階に着いた途端、双方飛び出すように箱から逃れた。
人が多くいたので、さっと紛れる。
男性も、速足で奥へ向かっていった。
こんな昼間に、スーツを着て、図書館なんかに、なんでいるんだろう。
その後、目で探しはしたけど、もう見当たらなかった。
本を借りにきたのか。読みにきたのか。
それともその振りをしにきたのか。
日本語を勉強しにきたのか。
帰りのエレベーター同乗者は、バラバラの関係の女性三人だった。
無言で乗り、無言で降りる。
日本語がわからなくても大丈夫だった。
1 件のコメント:
ずいぶんとあなたを探しましたよ、その男性とは私です。日本語わからない。
コメントを投稿