2008年7月15日火曜日
2008年7月14日月曜日
あまりに
木の葉に守られているようで
日陰のベンチ
遊歩道に一人
このまま木々の合間に溶解していきそうなくらい
ちょうどよい温度の
ちょうどよい日差し
溶けてしまえたら
どんなに心地よいだろう
冷凍炒飯が溶けていくから
そろそろ立ち上がらなくては
あっ
蚊
にくまん
2008年7月12日土曜日
【BOOK】『コーヒーに憑かれた男たち』嶋中労
しかし、ただアルバイトとして使われているだけなのも面白くないし癪なので、
珈琲に詳しくなりたいと思い、まず薀蓄の導入に触れてみることにして、
本屋で手に取りました。
転んでただ起きるほどお人よしではない。
しかし珈琲は、語ろうと思えばいくらでも語れるものなのですね。
この本の中には、珈琲に、特に焙煎に命を駆けて暮らしている男たちの薀蓄の断片が、
そのひりひりとした生き様とともに描かれています。
職人というか、物狂いというか。
理想とする珈琲への飢えと憧れとオブセッションとの中で、その道を極めんとする行いは、
まさに鬼。
ひたすら頭が下がる思いであります。
せめてその方たちに失礼のないよう、間違った珈琲は出してはならないと、
日々頼まれてもいないのに試飲を繰り返しております。
最近やっと判別がつくようになったことは、炒ってから時間がたちすぎた豆と、そうでない豆でいれたときの違い。
古い豆だと、体によくない印象のぴりぴりとした刺激が、舌の奥の方を刺激します。
喉越しもよくありません。吐き気さえ催します。
新しい豆だと、酸味があるものでもすっきりとしていて、体が喜んでいる感じがします。
あくまで主観ですけど…。
少しずつ、豆や焙煎による味の違いも感じとれるようになってきました。
しかしこう、ほとんど毎日珈琲を飲む環境にあると、
さすがに家では飲まなくなります。
あんなに珈琲党だったのですが・・・。特にインスタントは、恐ろしくて口にできません。
舌がどんな目にあうか、想像するだけで痺れてくるからです。
缶珈琲も怖いです。
少なくとも、珈琲への欲求を満たしてくれるそれではないような気がしてなりません。
とまあー。
薀蓄を語ってみたくなった今日この頃。
たまにはそういうのもいいかなあ、と。
飽きっぽい私のことなので、時間の問題だとは思いますけれど(笑)
にくまん
2008年7月3日木曜日
2008年7月2日水曜日
いつもながらの肉まんのぼやき。ああ孤独をもてあまし
次の一週間は、反省と後悔が押し寄せてくる。
次の一週間は、どん底になる。
沈みきったあとに、どうにか日常に戻る。
毎回、それの繰り返し。
今は二週間目。
どん底鬱が押し寄せる予感が、そこかしこに。
後悔は、公演のこともそうだけど、普段のこととか、もういろいろ。
生きてるだけで後悔することもしばしば。
あー電気代払い忘れてて居候に立て替えてもらっちゃったとか
あーなんであんなときこんなこと言っちゃったんだろうとか
どうしてこういうことができたはずのにやっておかなかったんだろうとか
ゴミ捨て忘れたとか
遅刻しちゃって怒られたとか
ぼんやりしすぎてるとか
んもう
いろいろ。
あんまし考えても仕方ないことばかり、
急に時間ができるから考えます。
暇とかゆとりとか、あんまりよく作用しないみたいです、私には。
ゆとり教育なんてされた日にゃあ、もう。
命綱なしバンジージャンプへのカウントダウンが始まるに違いありません。
なので、今はゆとりはそこまでなくていいです。
今は。
明日も糊口をしのぐための仕事です。
明後日も。
しあさっても。
やなあさっても。
・・・。
来週の金曜まで、しばらくこんな感じです。
でもまあきっと、
これも一つのライフスタイルなのでしょう。
と思ってチューハイをあおる。
ご飯が炊けるのはまだかいな。
にくま




