「菊池直子だから結婚できません」
この言葉が、どういう会話の流れで出されたのか。
菊池は男を愛していたのだろうと思う。
信じられたのだろうと思う。
そして男も菊池を愛していたのだろうと思う。
真実は、ときにすべてを粉砕する力を持つ。
追いつめられたのか。
「できません」
「なんで」
「無理です」
「どうして」
間
「菊池直子だから」
「え?」
「オウムの。知ってるでしょ。指名手配の」
結婚しようといわれて、菊池はきっととても幸せだったと同時に、
葛藤が最大に膨れ上がったに違いない。
もう嘘をつけない自分がいたのかもしれない。
疲れて、すべて預けたくなったのかもしれない。
人間はいつでもドラマを生む。
人間そのものが、ドラマの装置なのだ。ドラマは人間でできている。
菊池直子の指名手配写真は、若くて、ふっくらとして、にっこりとほほ笑んでいる。
愛らしい、若い娘。
交番や駅で見るたびに、この子はいまどこで何をしてるんだろう、と想像をめぐらせていた。
事件に関わっていなかったら、どんな人生を送っていたのだろう。
と、自分の人生を棚に上げ、人の人生を気にしているのだから世話ない。
0 件のコメント:
コメントを投稿