2025年5月5日月曜日
2024年12月30日月曜日
2024年が終わるようなので。
2023年12月27日水曜日
衣裳・小道具リスト 第1弾(着払い代金のみでお譲りします)
【少年っぽいパンツ】片側の裾にだけタックが入ってます。

↓中にはくペチコート ↓帯

2023年9月22日金曜日
お久しぶりです。
noteに引っ越そうかなと思ったのですが、やはりこの、あまり目立たない感じがちょうどよく、結局戻って来てしまいました。
2022年12月31日土曜日
朗読×音楽コラージュ『Bon Bon Voyage』当日パンフ掲載「ごあいさつ」文
アレにアレして、下界に降りてきた直後だったので、なかなかに大変でした。特に咳と体力低下。稽古ってこんなに体力使うんだったのかと、改めて。
関わってくださった皆さんのおかげで、ぶじ終演できました。
きょう大晦日まで、配信を行っています。
ひっそりやってるこのブログが見られることはないと思いますが、何となく、当日パンフに掲載した「ごあいさつ」文をアップいたします。
慌ただしいながらも、刺激に満ちた年でした。
様々なことに、深く感謝の念を抱きます。
来年もどうか健やかに。
良いお年をお迎えください。
nick
~*~*~*~*~*~*~*~
ごあいさつ
本日はご来場いただき、心より御礼申し上げます。
…この言葉に含まれる意味合いが変わってから、約三年が経ちました。
私もどこかに「ご来場」する機会が減り、在宅時間が増えたのですが、その結果、以前より文字情報に触れる機会が増え、改めて文芸作品と出会い直すことにつながりました。
以前は静的な、インドアな営みとしてとらえていた読書。
しかし、言葉で紡がれる世界は、どんなに動きがあり、どんなに色づき、どんなに騒々しく、活力に溢れていることか。
国語教科書に載っていることで出会った作品の奥底にも、どれほど猥雑な、どれほど粗野な、どれほど教育とは程遠いことが、暗渠となった川のように太く流れていることか。
美しい横顔、凛とした眼差し、すっと伸びた背筋とともに、目を背けたくなるほどの弱さ、愚かさ、腐臭までもが、余すことなく描かれていました。
こんなに豊かな世界がすぐ手の届くところにあるなんて。
貪るように無数の物語をひもとき、驚きと、過ぎ去った時間への後悔と共に、新鮮な旅程とたくさん出会うことができました。
「おうち時間」で得られた、大きすぎる怪我の功名だったように思います。
その中で出会い、心をつかまれた作品を、皆さんと是非とも共有したいと思い、今回の企画を立ち上げました。
言葉の世界の彩りと奥行きを広く深く旅するために、音楽の船が皆さんをご案内いたします。
STAR PINE'S CAFEの空間と、お飲み物やフードとともに、どうぞお楽しみいただけますと幸いです。
では、まもなく出発です。
Bon Bon Voyage!
NICK-PRODUCE主宰
村野玲子
2022年12月12日月曜日
例のアレをアレしました⑤:その後の経過
2022年12月8日木曜日
例のアレをアレしました④:自分の身体
2022年12月7日水曜日
例のアレをアレしました③:「退屈」…なのか?
2022年12月5日月曜日
例のアレをアレしました②:「1」の食事
例のアレをアレしました①:自宅から施設へ
だいたいこのブログを立ち上げるときは、ブログを立ち上げるくらいしかやることがないという時に限ります。それほどに、定期的に何かをし続けるというのが苦手です(夏休みの絵日記は最終日に一気に仕上げるタイプでした)。
そんな私がいま立ち上げている。ということは、はい、そういう状況です。
段ボール2箱分の大量の保存食と、
2021年9月22日水曜日
飲みに行かなくなった。
2021年9月2日木曜日
たまにつかまる影
2021年3月21日日曜日
「ふるさと」に足を向ける。
***
調べものとして 「八潮パークタウン」 の情報に接している間に、介護の求人情報などもあり、
全て投げ出して、実家近くの介護の求人に応募し、実家には帰らずとも、老いていく父の面倒を見ながら今の家と八潮を往復する暮らしをすればよいではないか。
私は今の選択を終えるという選択も、今は可能なのだ。
そんなことを思いながら八潮に向かった。
モノレールの始点、浜松町駅に行くまではさほど問題はなかったが、
浜松町から大井競馬場前まで向かう道中、頭がどんどん混乱していった。
運河があり、物流の拠点となる倉庫が立ち並び、海洋大学があり、白波を立てて進む船があり…つまり、人の生活とは真逆の光景が、しかも見ないうちにさらに開発されたらしく、どんどん殺伐とした印象が強くなっていくのだ。
「空港に行く」ならまだわかる。だが「実家に行く」という言葉のイメージとは解離している。
ただいまーといって宇宙ステーションに帰って行く幾世代後の子供たちのことが自ずと想像された。
人の住む匂いが全く感じられない建物群を、緩いジェットコースターのごとく斜めにかしぎながら進むモノレール。スピードも、昔より早くなった気がする。
若干の恐怖心を覚えながらも窓の外を見続けていると、画一化された印象のマンション群が見えてきた。「八潮パークタウン」だ。
降りた駅は大井競馬場前駅。バスを除けば、ここが最寄りの駅だった。
飲食店もコンビニもない。
むしろ山川や田畑は、私にとって懐かしいものでも何でもなく、非日常のアミューズメントだ。かつて遠足や合宿で行ったり、今は人と遊びに行く場所にある風景であり、それなりに整備された娯楽エリアなのである。
もちろん、八潮パークタウンは暮らしやすいところだろうし、緑も公園もたくさんあり、バスも巡回しているので交通の便に問題はない。
バリアフリーについても十分配慮してあり、車椅子でどこでも行けるようになっている。
だがその人工的な親切が、おかしなものに思えてならなかった。
団地暮らしに根本的な違和感を覚えていたのもあり、高校を出たら寄り付かなくなった。
反動で、ぬくもりどころか暑苦しい演劇にのめり込み、今に至る。
例えば、自分で戯曲を書くときは、どうしても名前がつけられない。「女1」「男1」、仮に名前があって劇中で呼び合うとしても、役の表記に名前を明記することに違和感を覚える。
工場や倉庫、運河を渡る貨物船、区画化された地域を思うとき、私は認識のどこかで「ふるさと」を、「ふるさと」に対する違和感を感じている。














































